兵庫県神戸市灘区でアスリートのコンディション管理・競技力アップを支えるトレーニングスタジオ「ウイニングボール」

「同じ悩みを抱える選手たちの希望に」福岡ソフトバンクホークス島袋 洋奨投手×群馬ダイヤモンドペガサス北方 悠誠投手 ウイニングボール 代表松尾 祐介

希望を与えられる存在として。

— お二人のこれからの目標を聞かせてください

北方 僕は群馬でチャンスをもらったので、精一杯やりたいと思います。このトレーニングを続けていけば絶対にこのトンネルは抜け出せると思いますし、もう一度ゼロからのスタートという意味で、海外で野球をしたいとも思っています。

— まだ22歳ですもんね

松尾 若いなあー(笑) でも、この年齢でこれだけ苦労しているという経験は次にステップアップできた時にきっと大きな財産になると思うよ。

島袋 僕はずっと一軍で投げられることを目標にしています。昨年の今ごろは自分との戦い、何とか調子を取り戻すのに必死でしたが、今は春からアピールできる状態なので。

— お二人が活躍すれば、同じような悩みを持った選手たちの励みにもなりますね

松尾 それはあると思います。僕が島袋選手と出会ったときは、本当に何とかしたいと思っていたので。甲子園で春夏連覇を成し遂げたほどの選手が、身体の異変で苦しんでいるのを放っておけなかったですね。
結果を残している選手ほど、悪くなったときも努力する。でも、それがうまく結果に結びつかず、かえって能力を下げてしまうもどかしさがあった。だから、何とかしてあげたいと。
彼は周りに希望を与えられる存在だと思うから、何とか立ち直って復活してほしいと思っていました。

— 実際に、島袋選手が復活への道を歩み出したことで、身近な北方選手の希望にもなろうとしています。お互いに思うことはありますか?

島袋 同じ経験や苦しみを味わってきた仲なので頑張ってほしいと思っています。彼も変わりたいと思っているだろうし、いつまた同じステージに立っても負けないようにしたいですね。

北方 僕も同じですね。一緒にもがき苦しんできて、立ち直っていったのを見て刺激になっています。負けないように頑張りたいですね。

— 応援しています。本日はありがとうございました!

島袋 洋奨

島袋 洋奨
1992年10月24日生まれ、沖縄県宜野湾市出身。小学2年の時に野球を始める。興南高では1年からベンチ入りを果たすと、2年春のセンバツで甲子園初出場。3年は主戦投手として甲子園春夏連覇の偉業を達成する。中央大に進学後は1年春からリーグ戦に登板し、大学通算12勝。2014年のドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから5位指名を受け入団。プロ1年目は三軍での調整からスタートしたものの、順調にステップアップを果たし9月には一軍のマウンドを経験した。172センチ、74キロ。左投左打。

北方 悠

北方 悠
1994年1月25日生まれ、佐賀県唐津市出身。小学2年の時に野球を始める。当時のポジションは内野手。唐津商高へ進学後、本格的に投手へ転向し頭角を現す。3年夏には主戦として県大会を勝ち抜き、同校を初の甲子園出場へと導く。甲子園では1回戦で13三振を奪い勝利。続く2回戦で敗退するも10奪三振の力投を見せた。2011年のドラフト会議で横浜ベイスターズ(当時)に1位指名され入団。2014年限りで横浜DeNAを退団し、2015年は福岡ソフトバンクホークスに育成枠で入団。2016年は群馬ダイヤモンドペガサスに加入する。180センチ、84キロ。右投右打。

松尾 祐介

松尾 祐介
1977年生まれ、千葉県出身。小学2年の時に野球を始めて以降、社会人野球まで進み現役を引退。ケガに悩まされた自身の経験をもとに、「苦しんでいるアスリートを救いたい」という思いから2009年にウイニングボールを設立。身体に関する様々な領域の勉学を重ね、トレーニング・身のこなし、操り方、動きの仕組みを追求することで、自身のケガが激減し、パフォーマンスも向上。パワーライン理論の確立に成功する。これまで、野球を中心にプロ選手の指導実績も多数ある一方、小学生をはじめ若年層の身体づくりにも取り組んでいる。目標は「世界に通用するアスリートを輩出すること」。